2026年8月2日『共にいてくださる助け主』ヨハネの福音書 14章16〜18節
この地域には、国府津キリスト教会と長く関わってこられた先生がおられます。私が海岸へ行く時や、街を歩いている時に、時々お会いします。
先日、私が道を歩いていると、車で通りかかった先生が私に気づき、速度を少し落として手を振ってくださいました。ほんの短い出来事でしたが、自分のことを知り、気にかけてくださる方が身近にいることを、とても心強く感じました。
人がそばにいてくださることは、大きな支えです。しかし、今日の御言葉には、その心強さをはるかに超える、決して変わることのない約束が語られています。
イエス様が去って行かれると聞き、不安を覚えていた弟子たちに、主は語られました。
「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。」
① もうひとりの助け主
これまで弟子たちは、イエス様と共に歩み、教えられ、守られ、導かれてきました。そのイエス様が去って行かれると聞き、これから誰を頼りに歩めばよいのかと、心を騒がせていました。
しかしイエス様は、十字架を目前にしながらも、残される弟子たちを心にかけ、「わたしは父にお願いします」と語られました。弟子たちを一人にしないために、父なる神に願ってくださったのです。
この主の愛は、あの時の弟子たちだけに向けられたものではありません。私たちが弱さを覚える時、どう歩めばよいのか分からない時、自分の力だけでは担えないと感じる時にも、主は私たちを心にかけてくださっています。私たちが助けを求めるより先に、主は私たちの必要をご存じです。
父なる神が与えてくださるのは、「もうひとりの助け主」である聖霊様です。それまでイエス様が弟子たちを支えてこられたように、聖霊様が私たちを慰め、支え、教え、導いてくださいます。主は、私たちを一人で歩ませる方ではありません。
② 共に住み、うちにおられる御霊
イエス様は、助け主を「真理の御霊」と呼ばれました。真理の御霊は、イエス様がどのような方であるかを明らかにし、主のみことばによって私たちを導いてくださる方です。
そして主は、「その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられる」と語られました。聖霊様は、一時的に近くに来てくださる方ではなく、いつまでも私たちと共にいてくださる方です。私たちのうちに住み、日々の歩みの中で働いてくださいます。
それでも私たちは、主が遠くにおられるように感じる時があります。しかし、主を近く感じられないことと、主が共におられないことは同じではありません。
私たちが元気な時にも、弱っている時にも、祈る言葉が見つからない時にも、聖霊様は変わらず共にいてくださいます。私たちが気づいている時にも、気づいていない時にも、聖霊様はすでに共にいて、私たちを支えてくださっています。
苦しみがすぐに取り去られない時にも、主は私たちを離れず、そのただ中で支えてくださいます。どのような時にも、主の約束は変わりません。
③ 孤児にはしない
イエス様は、「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません」と約束されました。ここで「孤児になる」とは、頼る者を失い、支えも導きもない中に置かれることです。弟子たちは、自分たちだけが取り残されるのではないかと、不安を覚えていました。
しかし主は、「あなたがたを見捨てない。一人にはしない」と、はっきり語られました。そしてイエス様は、私たちの罪を負って十字架にかかり、死を打ち破って復活されました。父なる神は、助け主である聖霊様を与えてくださいました。
「あなたがたを孤児にはしません」という約束は、言葉だけの約束ではありません。十字架と復活、そして聖霊の賜物によって実現した約束です。私たちは、主に愛され、心にかけられ、決して見捨てられることのない者とされています。
私たちにも、どうしたらよいのか分からず、心細くなる時があります。しかし、そのような時にも、主が私たちを見失うことは決してありません。
私たち一人ひとりの歩みも、この教会のこれからも、主の御手の中にあります。まだ先が見えない時にも、聖霊様が共にいて、支え、導いてくださいます。
私たちは一人ではありません。私たちは孤児ではありません。助け主である聖霊様が、今も私たちと共にいてくださいます。
どのような歩みの中にあっても、主の約束は変わりません。この約束に慰められ、聖霊様に支えられながら、今週も共に歩んでまいりましょう。
国府津キリスト教会 牧師 清水良高


